郡 愛子・人物像 Personality
人々に愛されるメゾ・ソプラノ歌手、郡 愛子…。「こおりあいこ」ってどんな人?
そんな「ギモン」にお応えします。
「郡 愛子の人物像」は、ウェブサイト限定で公開中です♪

※下記のタイトルをクリックしてご覧ください。

「郡 愛子」の人物像
・郡 愛子のいくつもの顔
・長年オペラ界の第一線で活躍を続ける異色のオペラ歌手
・幅広いコンサート活動
・《酔っ払いから神様まで》を歌う
・世界3大テノールとの共演
・メゾ・ソプラノ初めてのスター
・“ハハ”的存在、そして“ピースフル・ヴォイス”
・生い立ち~私生活
・酒豪
・元気の女神
・DNA
「郡 愛子」の人物像 
郡 愛子の
いくつもの顔
◇奥深い響きの歌声、圧倒的な表現力、そしてレパートリーの広さにおいて、日本を代表するメゾ・ソプラノ歌手。
◇オペラ、クラシック界の第一線で活躍を続けながら、もう一方で、クラシックから演歌までの幅広いプログラムと、抱腹絶倒のトークによる独自のステージを各地で展開している。また同様に、CDにおいても音楽ジャンルを超えてユニークなアルバム作りを続ける、わが国初めてのタイプの歌手。
◇作詞家、訳詞家。⇒収録曲10曲すべてに自身が日本語詞を付けたCD「世界名曲アルバム“これ以上の愛は”」が、日本伝統文化振興財団より発売されている。
◇コンサートの司会・進行も得意とする。⇒ジルヴェスター・コンサートや様々なコンサートにおいて、歌とともに司会・進行役を務める。
◇カルチャーサロンの講師。
◇歌手、主婦、そして新宿・神楽坂と文京・小日向にアート・サロンを所有し、文化事業を営む会社のオーナー。
※すばらしい歌にはジャンルの垣根の無いことを自身の歌で伝え、また、様々な手法と持ち前の親しみやすい人柄でクラシック音楽を身近に感じて貰うための活動を続ける。その一方で、日本の素晴らしい歌を自身の歌唱によって広く世界に紹介したい…という夢の実現に向かって歩み続ける。
長年オペラ界の
第一線で活躍を続ける
異色のオペラ歌手
 長年オペラ界の第一線で活躍を続ける、極めて異色のオペラ歌手
 従来、日本のオペラ、クラシック音楽の世界において第一線で活躍が出来るためには、学歴、学閥、師弟閥、そして海外留学経験、海外のステージでの活動歴などを基盤とした上で、さらにその実力が認められて初めて実現が可能でしたが、彼女はそれらの要件を充たすどころかプロの道へ進む気持ちもないまま結婚し、もともと強い願望をもっていた専業主婦となりました。
しかし、その後夫の勧めでオペラ歌手へと転身し、日本のオペラ歌手誰もが憬れていた「ジロー・オペラ賞」を2年連続で受賞する快挙を成し遂げ、さらには自身のリサイタルで「文化庁芸術祭賞」を受賞するなど、日本を代表する実力派メゾ・ソプラノとなりました。  所属オペラ団体の藤原歌劇団や日本オペラ協会における公演はもとより、小澤征爾指揮ヘネシー・オペラ・シリーズ、新国立劇場主催オペラ、ほか数多くのオペラ公演に出演し、その実力を発揮してきています。
幅広い
コンサート活動
 コンサートにおいては、ホルスト・シュタイン指揮NHK交響楽団定期演奏会をはじめ、日本を代表するほとんどのオーケストラの演奏会でソリスト出演をしてきており、
 さらに近年は、音楽ジャンルの枠を超え抱腹絶倒のトークを交えた、独自のスタイルのソロ・コンサートを全国各地で展開しています。
《酔っ払いから
神様まで》を歌う
 そのレパートリーは“異常に”幅広く、クラシックはもとよりポップスから演歌までを「郡愛子の世界」で歌い、聴く人を魅了します。
 また、バッハの宗教曲を歌ったあとに酔っ払いの歌を歌い、最後はステージ上で寝てしまうなど…ユニークな演出家でもあります。
世界3大テノールとの共演
 2002年6月には、横浜アリーナで開催された「3大テノール・ラスト・コンサート・イン・ジャパン」にゲスト出演し、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス、ルチアーノ・パヴァロッティ(故人)の三氏による世界3大テノールと共演し、話題となりました。
 またこの模様は、2002年内にNHK・BSで3回放送され、翌03年1月1日にはNHK地上波でも放送されました。
メゾ・ソプラノ
初めてのスター
 ソプラノと比べて、オペラにおけるメゾ・ソプラノは地味な役回りが多く、特に日本ではスターが出にくい状況にありました。しかし、彼女の天性の歌声と舞台上の存在感、そして豊富なレパートリーと幅広い活動が、彼女を“わが国唯一のメゾのスター”
の座に押し上げ、いつしか「メゾ・ソプラノの女王」の称号までを拝するようになりました。
“ハハ”的存在、
そして“ピースフル
ヴォイス”
 人の心を包み込むような奥深く温かな歌声と面倒見の良い人柄から、多くの人たちに「ママ」、「ハハ」、「オッカサン」、「アネウエ」などと呼ばれて親しまれ、心安らぐその歌声は、
“ピースフル・ヴォイス(平安の歌声)”とも称されています。
生い立ち~私生活
 幼少の頃は人見知りがはげしかったために、これを心配した両親が、明るく伸び伸びとした校風の東京女学館に入学させました。
中学・高校を同校で過ごし、現在の性格がこの時期に形成されましたが、同校のオーケストラ部ではヴァイオリンを、また合唱部では部長を務めました。音楽の先生に声楽の才能を見出されたのもこの頃です。
 しかし、音楽は趣味・教養の一部と考え、元々専業主婦願望が強かったために、その後は桐朋学園短期大学部声楽科、同・声楽専攻科を修了するや直ぐに結婚し、憧れの専業主婦となります。
その後実際にオペラの世界へ入るようになったきっかけは、彼女の才能を誰よりも高く評価していた夫の勧めによります。 その夫は元・大手損保会社のサラリーマンで、二人の間には結婚後11年目にして授かった独り息子の「大輔」がおり、その長男「大輔」は、アメリカ・テキサス州ダラスの大学を卒業後帰国し、現在はカフェ&アートサロン「香音里」の支配人として、“神楽坂からの音楽・文化の発信”に心血を注いでおります。
酒豪
 情感に満ちた歌声とそのステージ姿から想像するかぎり、さぞかし繊細な人ではと誰もが思いますが、実像はなんと“オペラ界の酒豪”との異名を取り、酒量が進むと“咬み魔”(ひとの頭にかじりつく)に変身したりもしました。
また、郡愛子に頭を咬まれた人は、その後運勢がますます上向きになっておられる様子です。しかし、咬まれたい希望者があまりにも多いために、その“魔性”は現在封印中です。
元気の女神
 とにかくいつも元気で明るく、その元気エネルギーを分けてもらいたい人たちが彼女の周りに集まってきます。彼女の発する元気エネルギーによって不治の病を克服したり、
生き続ける勇気を持つことが出来た方がたくさんおられます。まさに“元気の女神”です。
DNA
 誰をも差別なく受け入れてしまう心の広さと、何事も怖れずにチャレンジして自分の世界を広げて行こうとするフロンティア・スピリットは、父方に色濃く流れる、あの「新渡戸稲造」を輩出した、開拓者魂を宿する新渡戸の血のなせるわざかも知れません。
亡き父・政恒は、新渡戸稲造の姉・はつの孫に当ります。
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